『信長の野望 嵐世記』武将総覧

火間虫入道 > 『信長の野望の変遷』

1750件中340件 該当しました。 301件〜320件の表示 > 再検索
<-BACK 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 NEXT->
武将姓 武将名 出身・出自登場年 (誕生年-死亡年)
特技政治采配智謀 野望義理相性 列伝
まつき ごろべえ 諸勢力 南信濃 1571 (1556-1616)諏訪の商人。五郎兵衛は実際は甲斐金座の頭役で、武田家に仕えた。主家滅亡後は徳川家康により甲斐金座は廃されたがのちに家康の命により金貨を鋳造した。
松木 五郎兵衛 都市
[商業] [茶湯]  534653 4730 43
くどう いちべえ 諸勢力 南信濃 1572 (1557-1618)諏訪の商人。諏訪は諏訪大社の門前町として発展した。甲州街道の上諏訪宿を経て中山道の下諏訪宿に至る。上諏訪・下諏訪ともに、温泉宿場町として栄えた。
工藤 市兵衛 都市荷駄
[商業] [茶湯]  504343 5760 30
いわさき そうざえもん 諸勢力 南越後 1546 (1531-1618)直江津の商人。直江津は直江津港を擁する港町。直江津港は日本最古の船法度である「廻船式目」で「三津七湊」の1つに数えられた。上杉家などが支配した。
岩崎 宗左衛門 都市
[商業] [茶湯]  525343 5130 34
くつみ せいえもん 諸勢力 南越後 1564 (1549-1622)直江津の商人。直江津は直江津港を擁する港町。直江津港は日本最古の船法度である「廻船式目」で「三津七湊」の1つに数えられた。上杉家などが支配した。
久津見 清右衛門 都市
[商業] [茶湯]  565248 6035 32
まつや ひさまさ 諸勢力 山城 1581 (1566-1648)京都の茶人。松屋家は実際は奈良の塗師で、代々茶の湯を好んだ。3代当主・久政は豊臣秀吉の北野大茶会に出席した。久政・久重らが「松屋筆記」を著した。
松屋 久政 都市
[商業] [茶湯]  434340 4350 3
つじ げんさい 諸勢力 山城 1546 (1531-1626)京都の商人。玄哉は和泉堺の町人とも、禁裏御用達の呉服商ともいう。和歌を三条西実隆、茶の湯を武野紹鴎に学んだ。千利休に台子の古法を教えたという。
 玄哉 都市
[商業] [茶湯]  535847 42100 43
じゅうしや そうご 諸勢力 山城 1549 (1534-1626)京都の商人。宗悟は実際は近江出身の茶人。村田珠光の弟子で、武野紹鴎に茶を伝授したという。「山上宗二記」の中で道具目利きの力量がないと批判された。
十四屋 宗悟 都市荷駄
[商業] [茶湯]  475757 4390 83
やすい さだつぐ 諸勢力 摂津河内 1548 (1533-1615)堺の商人。安井家は定次・道頓と代を伝えた。定次は豊臣秀吉の大坂城築城に貢献した。道頓は道頓堀の開削に携わるが志半ばにして大坂夏の陣で戦死した。
安井 定次 都市
[商業] [茶湯]  473640 6035 38
にしやま たんざえもん 諸勢力 因幡但馬 1580 (1565-1614)米子の商人。米子は米子港を擁する港町として発展した。米子港は尼子家や毛利家などが支配した。山陰地方では他に美保関、安来などが港町として発展した。
西山 旦左衛門 都市騎馬
[商業] [茶湯]  434857 4340 23
あべ よしさだ 諸勢力 備前備中 1590 (1575-1617)福岡の商人。島村盛実が宇喜多能家を謀殺した際、逃れた能家の子・興家を匿った。娘は興家の側室となり、春家・忠家を産んだ。興家は阿部家で死去した。
阿部 善定 都市
[商業] [茶湯]  494543 4040 30
むろ きはちろう 諸勢力 備前備中 1560 (1545-1623)福岡の商人。福岡は吉井川沿いにあった中世以来の市場町。近くには備前守護所があり、刀鍛冶が多く住んだ。黒田官兵衛の祖父・重隆が一時期住んでいた。
 喜八郎 都市騎馬
[商業] [茶湯]  525150 43100 38
うえだ まんざぶろう 諸勢力 備前備中 1574 (1559-1619)福岡の商人。福岡は吉井川沿いにあった中世以来の市場町。近くには備前守護所があり、刀鍛冶が多く住んだ。黒田官兵衛の祖父・重隆が一時期住んでいた。
植田 万三郎 都市騎馬
[商業] [茶湯]  394847 5550 13
ひろと よえもん 諸勢力 備前備中 1548 (1533-1624)福岡の商人。福岡は吉井川沿いにあった中世以来の市場町。近くには備前守護所があり、刀鍛冶が多く住んだ。黒田官兵衛の祖父・重隆が一時期住んでいた。
広戸 与右衛門 都市
[商業] [茶湯]  535753 4345 93
こひなた やさぶろう 諸勢力 土佐 1593 (1578-1651)須崎の商人。須崎は須崎港を擁する港町として発展した。はじめは「洲崎」といった。須崎港は天然の良港として漁港および避難港として利用されていた。
小日向 弥三郎 都市騎馬
[商業] [茶湯]  474137 4140 83
いしもと りょううん 諸勢力 筑前 1591 (1576-1641)博多の商人。石本家は実際は平戸の商人で、了雲・了円と代を伝えた。了円ははじめ平戸から長崎へ移住したが、のちに平戸町乙名に任ぜられ、平戸に戻った。
石本 了雲 都市
[商業] [茶湯]  414152 4285 33
すえつぐ こうぜん 諸勢力 筑前 1595 (1580-1655)博多の商人。1571年に長崎に移住し私財を投じて町を開き、商人らを移住させて町の支配を任せた。配下・村山東安の助けを得て貿易で巨利を得たという。
末次 興善 都市騎馬
[商業] [茶湯]  644754 4795 38
はらだ きえもん 諸勢力 筑前 1536 (1521-1619)博多の商人。喜右衛門は実際は長崎の海外貿易商で、豊臣秀吉がふぃりぴん諸島の長官たちに入貢を促した際、使者としてふぃりぴんのまにらへ赴いた。
原田 喜右衛門 都市
[商業] [茶湯]  534960 5545 93
たけわか つねふさ 諸勢力 筑前 1585 (1570-1646)博多の商人。竹若家は常房・重利と代を伝えた織物師。重利は豊臣秀吉の朝鮮派兵の際、秀吉に謁見し「天下泰平」の文言を刻んだ刀の下げ緒を進呈した。
竹若 常房 都市騎馬
[商業] [茶湯]  675650 5455 30
いたみや せいべえ 諸勢力 筑前 1542 (1527-1620)博多の商人。清兵衛は実際は朝鮮釜山に住んでいた御用商人で、豊臣秀吉の朝鮮派兵の際、豊永別四郎らとともに、豊臣軍の軍需物資の調達に奔走した。
伊丹屋 清兵衛 都市
[商業] [茶湯]  565850 4075 3
ほんしょうじ れんしゅう 諸勢力 三河 1596 (1581-1652)三河の僧侶。本証寺は一向宗の寺院。三河一向一揆の際には上宮寺・勝鬢寺などとともに一向宗門徒の拠点の1つとなり徳川家康に対して頑強に抵抗した。
本証寺蓮宗蓮秀 一向宗
[外交]  485854 44100 53

<-BACK 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 NEXT->
実行時間:0.015625
system:CGIROOM

▼「信長の野望」&「太閤立志伝」武将検索▼

 | 全国版  | 戦国群雄伝  | 武将風雲録  | 覇王伝  | 天翔記  | 将星録  | 烈風伝  | 嵐世記  | 蒼天録  |
 | 天下創世  | 革新  | 天道  | 国盗り頭脳バトル  | Internet  | 携帯版  | GB版  | for WS  | DS2  |
 | 太閤立志伝  | 太閤立志伝2  | 太閤立志伝3  | 太閤立志伝4  | 太閤立志伝5  |