『信長の野望 嵐世記』武将総覧

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武将姓 武将名 出身・出自登場年 (誕生年-死亡年)
特技政治采配智謀 野望義理相性 列伝
こんどう よしたけ 通常版 蝦夷 1583 (1568-1638)蝦夷の豪族。安東家に仕えていた袮保田館主・近藤季常の末裔という。主君・松前慶広の次男・忠広が元服する際に、御理髪役を務めた。大坂の陣にも従軍。
近藤 義武 国人衆鉄砲
[回復] [捕縛]  292340 4290 33
しもぐに もろすえ 通常版 蝦夷 1538 (1523-1563)蝦夷の豪族。茂別館主。下国家は、安東家から松前守護職を命じられていた。アイヌの攻撃を受け、1562年に松前に逃れ、のちに蠣崎家に従属したという。
下国 師季 武将騎馬
[商業] [貿易]  273032 2745 33
なんじょう ひろつぐ 通常版 蝦夷 1544 (1529-1562)蝦夷の豪族。脇本館主。のちに上の国館主となった。蠣崎季広の娘を娶るが、のちに妻は蠣崎舜広・元広兄弟(季広の長男、次男)毒殺に関わり、誅伐された。
南条 広継 武将
[引抜]  284047 6250 33
あんとう たかすえ 通常版 羽後 1512 (1497-1551)湊安東家7代当主。宣季の子。父の死後家督を継ぎ、管領細川家の執事から「謹上書衆」に遇された。男子に恵まれず、娘婿・舜季の三男・茂季を養子とした。
安東次郎尭季 武将
[登用] [貿易] [連射]  566153 6260 33
おおたか みつただ 通常版 羽後 1544 (1529-1587)安東家臣。1558年に安東家と南部家が和睦した際に、安東家側の使者として南部家との折衝にあたったという。大高姓は安東家臣によく見られる。
大高 光忠 武将荷駄
[回復]  404055 3355 33
あさり かつより 通常版 羽後 1544 (1529-1583)出羽の豪族。則頼の次男。安東家と結んで兄・則祐を自害させ、当主となる。のちに津軽家と結び謀叛を企んだため、安東愛季に酒宴へ誘い出され、殺された。
浅利 勝頼 国人衆騎馬
[商業] [突撃]  423447 6185 33
あさり よりひら 通常版 羽後 1569 (1554-1598)出羽の豪族。勝頼の子。父が謀殺された後、津軽に身を隠す。のちに安東家の代官として比内を治めるが、軍役金未納の問題が起き、訴訟中に大坂で急死した。
浅利 頼平 国人衆
[外交]  452012 3865 33
さとみ よしたか 通常版 上総安房 1527 (1512-1574)房総の戦国大名。父・実尭を殺した従兄弟・義豊を破り、当主となる。国府台合戦では北条氏康に敗れたが、その後も房総に勢力を広げ、北条家と戦い続けた。
里見権七郎義尭 武将騎馬
[改修] [引抜] [茶湯] [突撃]  517876 9175 33
さとみ よしひろ 通常版 上総安房 1545 (1530-1578)房総の戦国大名。義尭の長男。太田資正らと結んで国府台合戦で北条氏康と戦うが敗れる。のち御船山合戦では勝利し、父の死後、北条家と和睦を結んだ。
里見太郎義弘 武将
[開墾] [回復] [連射]  556450 7770 33
まさき ときしげ 通常版 上総安房 1528 (1513-1576)里見家臣。大多喜城主。槍に長じ「槍大膳」の異名をとった。2度の国府台合戦をはじめとする里見家の合戦にはほとんど参陣し、勇名を近隣に轟かせた。
正木弥九郎時茂 武将騎馬
[登用] [槍衾] [突撃]  176844 7395 33
たかだ のりより 通常版 上野 1523 (1508-1547)山内上杉家臣。高田城主。信濃の豪族・笠原清繁とともに清繁の居城・志賀城に籠城して武田信玄と戦い、戦死した。曾孫・直政は徳川家に旗本として仕えた。
高田 憲頼 武将騎馬
[収拾]  294250 5880 33
ろっかく よしかた 通常版 近江 1536 (1521-1598)近江の戦国大名。定頼の子。江南に勢力を伸ばす。三好家に京を追われた足利将軍家を保護し、仲裁に奔走した。のち織田信長の上洛軍に敗れ、所領を失った。
六角四郎義賢 武将
[改修] [連射]  355236 7445 33
ろっかく よしはる 通常版 近江 1560 (1545-1612)近江の戦国大名。義賢の子。筆頭家老・後藤賢豊を謀殺し、家臣の信頼を失う。織田信長の上洛軍に敗れ、諸国を流浪した。晩年は豊臣秀頼の弓師範を務めた。
六角四郎義治 武将
[連射]  31324 6650 33
ひらの ながやす PK追加 尾張 1574 (1559-1628)豊臣家臣。賤ヶ岳七本槍の一人。関ヶ原合戦では東軍に属した。大坂の陣直前、大坂城入りの意思を表したため、徳川家康の命で江戸城に留め置かれたという。
平野権平長泰 武将
[訓練] [槍衾]  356144 4355 33
りゅう  諸王 薩摩大隅 1550 (1535-1597)蜀漢の初代皇帝。前漢の中山靖王・劉勝の末裔とされる。義勇軍を結成して黄巾賊討伐に参加、各地を転戦し、ついには三国の一方を占めた。蜀漢昭烈帝。
  武将騎馬
[登用] [激励] [逃亡] [説得]  747575 8090 33
かん  諸王 薩摩大隅 1551 (1536-1593)蜀漢の五虎大将の筆頭。劉備、張飛と義兄弟の契りを結ぶ。武勇に優れ「兵一万に匹敵する」と評された。劉備の入蜀後荊州を守るが、呉軍に捕まり殺された。
  武将騎馬
[訓練] [回復] [激励] [突撃]  5610170 8695 33
ちょう  諸王 薩摩大隅 1556 (1541-1595)蜀漢の五虎大将の一人。劉備、関羽と義兄弟の契りを結ぶ。長坂坡の戦いでは、ただ一騎で曹操軍百万の追撃を長坂橋上に防いだ。正史は字を益徳とする。
  武将騎馬
[訓練] [捕縛] [槍衾] [突撃]  2710430 7885 33
ありはら ころく 諸勢力 武蔵 1594 (1579-1627)品川の商人。品川は品川港を擁する港町として発展した。江戸時代には東海道五十三次の一番目の宿場町となり、宿内の家々1千6百軒、人口7千人という。
有原 小六 都市
[商業] [茶湯]  374739 5665 33
いしもと りょううん 諸勢力 筑前 1591 (1576-1641)博多の商人。石本家は実際は平戸の商人で、了雲・了円と代を伝えた。了円ははじめ平戸から長崎へ移住したが、のちに平戸町乙名に任ぜられ、平戸に戻った。
石本 了雲 都市
[商業] [茶湯]  414152 4285 33
きたむら やへえ 諸勢力 越前若狭 1584 (1569-1638)義経流の忍者。弥兵衛は実際は伊賀衆の1人。本能寺の変後、伊賀を追われ近江に隠棲。諸国を流浪した後、徳川家康に招かれて江戸に住み、商人となった。
喜多村 弥兵衛 忍者荷駄
[引抜] [混乱]  435237 4160 33

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