『信長の野望 嵐世記』武将総覧

火間虫入道 > 『信長の野望の変遷』

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武将姓 武将名 出身・出自登場年 (誕生年-死亡年)
特技政治采配智謀 野望義理相性 列伝
かなもり よししげ PK追加 美濃飛騨 1573 (1558-1615)織田家臣。長屋景重の子で、長近の養子となる。養父の死後、家督を相続。大坂の陣に従軍し、功を立てた。養父と同じく茶の湯を好み、茶会記に名を残した。
金森喜蔵可重 国人衆
[茶湯] [連射]  524349 2655 92
きのした としふさ PK追加 尾張 1588 (1573-1637)豊臣家臣。家定の次男。若狭高浜3万石を領した。関ヶ原合戦で西軍に属したため改易されるが、大坂の陣での功により備中足守2万5千石の領主となった。
木下 利房 武将
[外交]  503436 3365 12
くまがい なおもり PK追加 越前若狭 1588 (1573-1600)豊臣家臣。勇猛をもって知られた。朝鮮派兵で功を立て、豊後安岐1万5千石を領す。関ヶ原合戦では西軍に属して大垣城を守ったが、相良頼房らに殺された。
熊谷半次郎直盛 武将
[攻城]  345920 6380 28
こいで ひでまさ PK追加 尾張 1555 (1540-1604)豊臣家臣。和泉岸和田3万石を領す。主君・秀吉から秀頼の補佐を頼まれた。関ヶ原合戦では西軍に属すが、次男・秀家が東軍に与したため本領を安堵された。
小出甚左衛門秀政 武将荷駄
[訓練]  484040 4565 25
こいで よしまさ PK追加 尾張 1580 (1565-1613)豊臣家臣。秀政の嫡男。但馬出石6万石を領す。関ヶ原合戦では西軍に属し、丹後田辺城攻撃に参加した。弟・秀家が東軍に属したため、本領を安堵された。
小出小才次吉政 武将
[槍衾]  424536 4860 27
こにし ゆきかげ PK追加 摂津河内 1584 (1569-1600)豊臣家臣。行長の甥。キリスト教に帰依した。関ヶ原合戦では行長の居城・肥後宇土城を守備して加藤清正軍と戦うが、西軍の敗戦を聞いて開城し、自害した。
小西 行景 都市
[雨撃]  464937 4655 22
すわ よりみず PK追加 南信濃 1585 (1570-1641)信濃高島藩主。頼忠の嫡男。父の死後家督を継ぎ、2万7千石を領した。内政に励み領国の安定に尽力。改易され蟄居処分を受けた松平忠輝の身元を預かった。
諏訪 頼水 旧仏教騎馬
[改修] [突撃]  583646 5160 24
まつだいら ただなが PK追加 三河 1621 (1606-1633)秀忠の三男。3代将軍の座を兄・家光と争うが祖父・家康に阻まれる。駿河などを領して駿河大納言と称されるも、兄の勘気を蒙り、改易の上自害させられた。
松平国松忠長 武将
[混乱]  474428 8635 72
まつだいら よしなお PK追加 三河 1615 (1600-1650)家康の九男。徳川御三家の一・尾張藩の藩祖で「剛」と評された。学問を好んで儒教を奨励、産業振興・税制整備・治水などを行い、幕藩体制の基礎を固めた。
松平五郎太丸義直 武将
[登用] [奉仕] [守戦]  646267 5375 82
にしお みつのり PK追加 美濃飛騨 1559 (1544-1616)斎藤家臣。主家滅亡後は織田・豊臣家に仕えた。関ヶ原合戦では東軍に属して大垣城を落とす活躍をし、美濃揖斐3万石を領す。大坂の陣でも戦功を立てた。
西尾小六郎光教 武将騎馬
[突撃]  474945 5465 82
はやみ もりひさ PK追加 近江 1574 (1559-1615)豊臣家臣。近習組頭として小牧長久手合戦や小田原征伐に従軍した。秀吉没後は秀頼に仕え、七手組頭の1人となる。夏の陣の際、秀頼に殉じて自害した。
速水少大夫守久 武将騎馬
[外交]  454850 5560 62
もうり かつのぶ PK追加 尾張 1563 (1548-1611)豊臣家臣。別名を吉成。豊前小倉6万石を領した。関ヶ原合戦では西軍に属し、伏見城攻撃に参加した。戦後改易され、土佐高知藩主・山内一豊に預けられた。
毛利 勝信 武将騎馬
[訓練] [突撃]  405947 5495 12
あしかが よしみつ 諸王 大和 1555 (1540-1595)室町幕府第3代将軍。南北朝を統一し、明との国交を開いて勘合貿易を始める。公家文化を好み、北山文化の興隆に貢献した。
足利 義満 武将
[改修] [外交] [貿易] [説得]  986395 10060 52
ちんぎす はーん 諸王 北越後 1545 (1530-1596)モンゴル帝国初代ハーン。モンゴル統一後、西夏・金・ホラズムに遠征し、大帝国を築く。広大な領土を征服する一方で東西交路の整備にもつとめた。
チンギス ハーン 武将騎馬
[訓練] [登用] [軍神] [突撃]  77130104 10070 20
ふびらい はーん 諸王 北越後 1563 (1548-1627)チンギスハーンの孫。モンゴル帝国の第5代ハーン。南宋を滅ぼして中国を統一し、国号を元とする。東南あじあや朝鮮を属国とし、日本にも兵を送った。
フビライ ハーン 武将騎馬
[商業] [登用] [貿易] [突撃]  1167695 9570 25
やりつ そざい 諸王 北越後 1555 (1540-1594)モンゴル帝国の名臣。金の官人だったがチンギスハーンの招きで臣下となる。オゴタイの代には地方の行政・徴税制度を確立して、帝国発展の基礎を築いた。
耶律 楚材 武将
[開墾] [商業] [改修] [奉仕]  1142582 1695 22
かく かん 諸王 北越後 1555 (1540-1600)モンゴル帝国の将軍。フラグの西アジア遠征に従い、イスラム教徒や十字軍との戦いで活躍する。用兵が巧みで「極西の神人」とあだ名された。
  武将騎馬
[収拾] [捕縛] [攻城] [突撃]  568881 6680 23
てん  諸王 越前若狭 1551 (1536-1586)曹操配下の将。いにしえの豪傑「悪来」に例えられる。宛城で張繍の夜襲を受けた際、曹操を逃がすため一人で防戦し戦死した。
  武将
[改修] [回復] [捕縛] [槍衾]  169127 1290 2
ちょう しょう 諸王 周防長門 1542 (1527-1607)孫権配下の臣。「二張」と呼ばれた策士の一人。周瑜の推挙で孫策が幕僚として招いた。孫策は死にぎわに「国内のことはすべて張昭に聞け」と言い残した。
  武将
[開墾] [商業] [改修] [収拾]  94677 4970 62
あべ せいめい 諸王 1561 (1546-1615)平安時代の陰陽師。時の権力者・藤原道長に仕え、天変地異などの凶兆現象を予見した。古今無双の占術の使い手といわれ、数々の奇跡を起こしたという。
安倍 晴明 忍者
[激励] [影] [混乱] [説得]  6576107 3680 82

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