武将姓 | | 武将名 |
出身・出自 | 登場年 |
(誕生年-死亡年) |
特技 | 政治 | 采配 | 智謀 |
野望 | 義理 | 相性 |
列伝 |
おだ | | ひでのぶ |
通常版 |
尾張 |
1582 |
(1580-1605)信忠の嫡男。本能寺の変後、羽柴秀吉に擁立されて3歳で織田家を継ぐが、実権は秀吉に奪われる。関ヶ原合戦で西軍に加担して敗北し、高野山で出家した。 |
織田 | | 秀信 |
武将 | 鉄砲 |
[三段] |
43 | 35 | 11 |
49 | 90 |
1 |
おだ | | のぶかね |
通常版 |
尾張 |
1558 |
(1543-1614)信秀の四男。越前攻めや石山本願寺攻めに参戦した。本能寺の変後は豊臣秀吉に仕え、秀吉の子・秀頼の傅役を務めた。娘は秀吉の側室となり、寵愛された。 |
織田 | 三十郎 | 信包 |
武将 | 鉄砲 |
[商業] [攻城] |
51 | 45 | 23 |
41 | 75 |
1 |
おだ | | ながます |
通常版 |
尾張 |
1562 |
(1547-1621)信秀の十男。有楽斎と号す。茶の湯に傾倒し、利休七哲の1人となった。兄・信長の死後は豊臣家に属すが、大坂の陣直前に徳川方に通じ、大坂城を退去した。 |
織田 | 源五 | 長益 |
武将 | 槍 |
[茶湯] [逃亡] |
41 | 9 | 15 |
14 | 55 |
1 |
おだ | | のぶみつ |
通常版 |
尾張 |
1531 |
(1516-1555)信定の子。武勇に優れ、今川家との小豆坂の合戦では殿軍を務めた。甥・信長の清洲城攻略に貢献し、那古野城主となるが、その数か月後に家臣に謀殺された。 |
織田 | 孫三郎 | 信光 |
武将 | 騎馬 |
[激励] |
62 | 51 | 53 |
55 | 65 |
1 |
かわじり | | ひでなが |
通常版 |
尾張 |
1569 |
(1554-1600)豊臣家臣。苗木城主。秀隆の子。小牧長久手の合戦、小田原征伐などに従軍。朝鮮派兵の際は肥前名護屋城に在陣した。関ヶ原合戦で西軍に属し、戦死した。 |
川尻 | 与四郎 | 秀長 |
武将 | 騎馬 |
[突撃] |
10 | 29 | 20 |
42 | 45 |
1 |
さくま | | のぶもり |
通常版 |
尾張 |
1542 |
(1527-1581)織田家臣。各地の合戦で活躍し「のき佐久間」の異名をとる。石山本願寺攻めの総大将を務めるが、本願寺の退去後、怠慢不手際の叱責を受け、追放された。 |
佐久間 | 半羽介 | 信盛 |
武将 | 荷駄 |
[回復] [槍衾] |
51 | 47 | 29 |
65 | 65 |
13 |
きのした | | ひでよし |
通常版 |
尾張 |
1551 |
(1536-1598)戦国一の出世頭。織田信長に仕え、傑出した人望と知略を武器に活躍し、頭角を現す。本能寺の変後、明智光秀、柴田勝家らを次々と倒し、天下に覇を唱えた。 |
木下 | 藤吉郎 | 秀吉 |
武将 | 槍 |
[引抜] [検地] [攻城] [説得] |
89 | 71 | 85 |
100 | 75 |
10 |
きのした | | ひでより |
通常版 |
尾張 |
1598 |
(1593-1615)秀吉の次男。関ヶ原合戦後は摂河泉65万石の一大名の地位に転落する。大坂の陣では母・淀殿らの過剰な庇護を受け、一度も出陣できぬままに自害した。 |
木下 | | 秀頼 |
武将 | 槍 |
[登用] [激励] |
39 | 43 | 27 |
75 | 75 |
10 |
きのした | | ひでなが |
通常版 |
尾張 |
1555 |
(1540-1591)秀吉の異父弟。兄の片腕として、その覇業に貢献する。温和で人望高く、秀吉と他大名との折衝役を務めた。秀吉に先立って死去、諸将にその死を惜しまれた。 |
木下 | 小一郎 | 秀長 |
武将 | 槍 |
[登用] [外交] [奉仕] [雨撃] |
80 | 68 | 77 |
30 | 95 |
10 |
はちすか | | まさとし |
通常版 |
尾張 |
1519 |
(1504-1553)尾張の豪族。正昭の子。小六、蔵人と称した。父の跡を継ぎ、尾張海東郡蜂須賀村で2百貫を領していた。蜂須賀家は清和源氏足利家の流れをくむという。 |
蜂須賀 | | 正利 |
国人衆 | 弓 |
[登用] [収拾] |
24 | 34 | 45 |
62 | 50 |
10 |
はちすか | | まさかつ |
通常版 |
尾張 |
1541 |
(1526-1586)豊臣家臣。墨俣一夜城の築城に協力し、以後、秀吉の参謀として民政・調略に手腕を発揮。四国征伐後、長宗我部家への抑えとして阿波徳島18万石を領した。 |
蜂須賀 | 小六 | 正勝 |
国人衆 | 槍 |
[訓練] [奉仕] [槍衾] [混乱] |
67 | 77 | 81 |
68 | 90 |
10 |
はちや | | よりたか |
通常版 |
美濃飛騨 |
1549 |
(1534-1589)織田家臣。黒母衣衆の1人。斎藤家を経て織田信長に仕える。以後は遊軍を率いて各地で活躍した。本能寺の変後は豊臣秀吉に属し、越前敦賀5万石を領した。 |
蜂屋 | | 頼隆 |
武将 | 槍 |
[守戦] |
19 | 44 | 36 |
26 | 65 |
1 |
もり | | よしなり |
通常版 |
美濃飛騨 |
1538 |
(1523-1570)織田家臣。尾張統一戦や桶狭間の合戦などで活躍した。宇佐山城主を務め、琵琶湖の南岸を固める。のちに浅井・朝倉連合軍に攻められ、衆寡敵せず戦死した。 |
森 | 三左衛門 | 可成 |
武将 | 槍 |
[改修] [捕縛] |
26 | 55 | 38 |
43 | 90 |
1 |
もり | | ながよし |
通常版 |
美濃飛騨 |
1570 |
(1558-1584)織田家臣。可成の嫡男。長島一向一揆鎮圧や武田家討滅戦に参戦し「鬼武蔵」の異名をとった。本能寺の変後は豊臣秀吉に従い、小牧長久手の合戦で戦死した。 |
森 | 勝蔵 | 長可 |
武将 | 騎馬 |
[茶湯] [激励] |
25 | 50 | 30 |
53 | 75 |
1 |
ばん | | なおゆき |
通常版 |
駿河遠江 |
1582 |
(1567-1615)加藤家臣。鉄砲大将を務めたが、関ヶ原合戦の際に主君・嘉明と対立して出奔、浪人となる。のちに大坂城に入城、大坂夏の陣で浅野長晟軍と戦い、戦死した。 |
塙 | 団右衛門 | 直之 |
武将 | 鉄砲 |
[三段] |
2 | 57 | 1 |
56 | 70 |
11 |
とくなが | | ながまさ |
通常版 |
近江 |
1564 |
(1549-1612)柴田家臣。賤ヶ岳合戦の際、主君・勝豊とともに豊臣秀吉の傘下に入る。秀吉の死後、朝鮮に渡って全軍に撤退命令を伝えた。関ヶ原合戦では東軍に属した。 |
徳永 | | 寿昌 |
武将 | 槍 |
[開墾] [外交] |
45 | 38 | 32 |
31 | 60 |
91 |
はら | | ながより |
通常版 |
美濃飛騨 |
1559 |
(1544-1600)織田家臣。柴田勝家の与力となる。賤ヶ岳合戦では柴田軍の先鋒として奮戦し、戦後、豊臣家に仕える。関ヶ原合戦で西軍に属して活躍したが、戦後自害した。 |
原 | 彦次郎 | 長頼 |
武将 | 槍 |
[引抜] |
28 | 28 | 17 |
60 | 60 |
91 |
ふるた | | しげてる |
通常版 |
美濃飛騨 |
1559 |
(1544-1615)豊臣家臣。織部正に任官された。利休七哲の1人。織部焼を創始し、諸大名の茶の師匠を務めた。大坂の陣の際、豊臣方への内通疑惑により、自害させられた。 |
古田 | 左介 | 重然 |
武将 | 槍 |
[茶湯] |
40 | 6 | 5 |
63 | 50 |
1 |
うじいえ | | ゆきひろ |
通常版 |
美濃飛騨 |
1561 |
(1546-1615)豊臣家臣。卜全の子。小田原征伐に従軍し、伊勢桑名2万2千石を得る。関ヶ原合戦で西軍に属し、戦後流浪。大坂城に入り、大坂夏の陣で豊臣秀頼に殉じた。 |
氏家 | 久左衛門 | 行広 |
武将 | 荷駄 |
[守戦] |
29 | 37 | 18 |
19 | 75 |
11 |
まえだ | | げんい |
通常版 |
山城 |
1554 |
(1539-1602)豊臣家臣。はじめ延暦寺の僧であったが還俗し、織田信忠に仕える。本能寺の変の際は信忠の嫡男・秀信を守って脱出した。のちに豊臣家五奉行の1人となる。 |
前田 | 半夢斎 | 玄以 |
旧仏教 | 槍 |
[外交] [検地] [説得] |
78 | 13 | 74 |
37 | 40 |
1 |