『信長の野望 嵐世記』武将総覧

火間虫入道 > 『信長の野望の変遷』

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武将姓 武将名 出身・出自登場年 (誕生年-死亡年)
特技政治采配智謀 野望義理相性 列伝
しらかわ よしつな 通常版 磐城 1521 (1506-1555)白河結城家当主。顕頼の子。白河結城家は祐広を初代とし、南北朝期は南朝方についた。永享の大乱の際には直朝が南奥州の中心人物として活躍している。
白河 義綱 武将
[開墾] [回復] [守戦]  433152 2265 17
しらかわ はるつな 通常版 磐城 1544 (1529-1573)白河結城家当主。義綱の子。内乱を鎮定して北上を続ける佐竹家と抗争し、次第に所領を奪われる。蘆名家と結んで対抗したが、間もなく失明、病死した。
白河 晴綱 武将
[回復] [連射]  553655 5475 17
にほんまつ むらくに 通常版 岩代 1490 (1475-1542)二本松畠山家10代当主。政国の嫡男。二本松家は畠山義忠の未亡人を娶った畠山義純を始祖とし、奥州探題となった4代当主・高国以後、二本松と号した。
二本松 村国 武将騎馬
[改修] [引抜]  645273 6575 17
にほんまつ いえやす 通常版 岩代 1527 (1512-1546)二本松畠山家11代当主。村国の嫡男。居城・二本松城は、7代当主・満泰によって応永年間(1394〜1427)に築かれた。別名を霧ヶ城という。
二本松七郎家泰 武将
[連射]  342536 3950 17
にほんまつ よしうじ 通常版 岩代 1545 (1530-1547)二本松畠山家12代当主。村国の次男。天文の大乱の際は伊達稙宗方についた。18歳で早世し、子が無かったため、従兄弟の新城義国が二本松宗家を継いだ。
二本松七郎義氏 武将
[回復]  273240 4860 17
おぬき よりひさ 通常版 常陸 1559 (1544-1603)佐竹家臣。義重・義宣二代に側近として仕え、外交面で重要な役割を果たした。知行割替時には、和田昭為、人見藤通とともに義宣の三奉行として活躍した。
小貫清三郎頼久 武将
[外交] [収拾]  543549 5190 17
えど しげみち 通常版 常陸 1567 (1555-1598)常陸の豪族。水戸城主。通政の子。上杉家と結んで北条家に対抗した。小田原落城後、水戸城の明け渡しを拒否し、佐竹義宣に居城を追われ、結城領へ逃れた。
江戸彦五郎重通 武将荷駄
[逃亡]  453931 6345 17
やたべ みちなお 通常版 常陸 1566 (1551-1590)江戸家臣。北条家の滅亡後、主家が水戸城の明け渡しを拒否して佐竹義宣の攻撃を受けた際に、佐竹軍と勝倉城で戦い、敗死した。
谷田部 通直 武将鉄砲
[守戦]  372850 1890 17
うつのみや ひさつな 通常版 下野 1527 (1512-1549)宇都宮家20代当主。興綱の嫡男。那須政資・高資父子の抗争の際、政資を支持した。のちに高資の支城・喜連川城を攻めるが、那須軍の奇襲に遭い敗死した。
宇都宮弥三郎尚綱 武将騎馬
[回復] [突撃]  394134 5045 17
うつのみや くにつな 通常版 下野 1580 (1568-1607)宇都宮家22代当主。広綱の嫡男。豊臣秀吉の小田原征伐に参陣し、所領を安堵される。しかし、豊臣家内部の権力闘争に巻き込まれ、所領を没収された。
宇都宮弥三郎国綱 武将鉄砲
[登用] [逃亡]  465449 4660 17
まつだ のりひで 通常版 相模伊豆 1545 (1530-1590)北条家臣。筆頭家老を務める。豊臣秀吉の小田原征伐の際は小田原城への籠城を主張し採用された。のちに秀吉に寝返ろうとして失敗、戦後、自害させられた。
松田 憲秀 武将
[開墾] [引抜]  581066 7135 17
くの むねよし 通常版 駿河遠江 1542 (1527-1609)徳川家臣。久能城主。はじめ今川家に仕えるが、徳川家臣・高力清長を通じて徳川家康に属す。家康の関東入国時に佐倉城主となるが、のちに久能城に戻った。
久能三郎左衛門宗能 国人衆
[改修]  413548 2740 17
いじち しげおき 通常版 薩摩大隅 1543 (1528-1580)大隅の豪族。小浜城主。肝付家と結んで島津家に対抗するが、島津軍に居城を落とされたため、降伏した。その後は島津家に属し、大友家攻めなどに従軍した。
伊地知又九郎重興 国人衆
[開墾] [雨撃]  283254 6050 17
いとう もりまさ PK追加 美濃飛騨 1582 (1567-1623)豊臣家臣。父・盛景の死後、家督を相続し、美濃大垣3万4千石を領す。関ヶ原合戦では西軍に属し、戦後、所領没収の上追放された。のち前田利常に仕えた。
伊藤彦兵衛盛正 武将
[改修] [逃亡]  494539 5040 17
おおた かずよし PK追加 尾張 1581 (1566-1617)丹羽家臣。主家没落後は豊臣秀吉に仕える。関ヶ原合戦では西軍に属し居城・豊後臼杵城に籠城して戦うが、主力の敗北により開城。その後は京都に隠棲した。
太田小源五一吉 武将騎馬
[突撃]  404233 4655 17
りゅうざき やしちろう 諸勢力 1606 (1591-1656)百首水軍の武将。弥七郎は実際は里見家臣。足軽小頭を務めた。1606年に、北郡大津村および丸郡小向村のうちで、100石の知行地を与えられた。
竜崎 弥七郎 水軍衆
[貿易]  393740 4855 17
くつな みちあき 諸勢力 1602 (1587-1654)塩飽水軍の武将。通著は実際は河野家に仕えた海賊の棟梁で、伊予吉田城主を務めた。式部少輔を称し忽那島を領した。1579年に伊予花瀬合戦で戦死した。
忽那 通著 水軍衆
[貿易]  463940 4675 17

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