過去の記事[2005.02.01-2005.02.14](in 火間虫入道)
仕事上で注意しても誤字はなかなかなくならないんですよね。
人の間違いはすぐ気付くけど、自分の間違いは気付きにくい。
おもむろに
『信長の野望 蒼天録 武将ファイル』を読んだらタイミングよく誤字を確認。
「色部長実」の項、[支持]が[指示]に。このテのミスは探すとキリが無い。
[おまけ]
>同じ間違いをする某歴史番組
下の方の説明文がぞんざいなのは気にしないこと。
ゲーム中の解説文そのままなんです。
信長の野望シリーズの上杉家では常連の
色部氏。
(何故か『信長の野望 将星録』には一人も登場してませんが・・・)
最近、美味しんぼでも「本を読むより、料理を食ったほうが直接理解できる」
とか書かれていたので、興味のある方は、試されてみては?
慶長12年(1607年)に徳川家康公が駿府で「大御所政治」を始めて来年で400年。
「徳川家康公駿府大御所開府400年祭」というのが催されるようです。
これまでに蒲郡市内と西隣の幡豆町で池田輝政や加藤清正の刻印のある岩も発見されている。■勝瑞城館跡 HPで紹介 藍住町教委、発掘状況を毎日更新 ...[徳島新聞]
豊臣秀吉の配下から家康に従う大名となった有力3武将が、
いずれも蒲郡周辺の沿岸部で採石したことが裏付けられた。
昨年の「長慶会」をはじめとして徳島は活発ですね。
[参考Link]
>「守護町勝瑞城館跡」ホームページ
教育関係のサイトから「ゲームサイトも役に立つ」とか紹介されてその気になったとか、
『信長の野望 蒼天録』関係のページだけレイアウトが他と違うとか、
『信長の野望 蒼天禄』という誤字をたくさん見つけたからとか、
そういう理由。
オススメが「LV32〜LV35」だったけどオジャマ攻撃に慣れてないので、「LV28〜LV31」に登録。
「Cool」が取れなくてなかなか勝てない・・・
最大コンボをとってフィーバークリアしても、クリアライン未達の人に負けたりする。
やはりこのゲームで大切なのはリズム感ですね、
『信長の野望』シリーズにも合戦だけネット対戦できるモードとかあればまた面白そうですね。
発見者は京都の収集家、中村達夫さん。
オークションで入手した後、修理を施し、京都市東山区の私設博物館「中村甲刀修史館」で公開。
[参考Link]
>「中村甲刀修史館」ホームページ
今年度のテーマは「右田毛利氏の祖・天野元政」
毛利元就の6男・元政は永禄12(1569)年に天野元定の跡を継いで天野を称し、後に毛利に復した。
関ヶ原の戦い後、安芸国から周防国に、元政の子、元倶の代に熊毛郡三尾から佐波郡右田に移った。
『太閤立志伝1』にだけ登場。プレイ時に毛利一門だと知っている人は何人いただろうか?
過去に『信長の野望 天下創世』の新武将データ
を投稿していただいております。
最低だ、賽銭泥棒による腹いせの放火なんて・・・
[参考Link]
>八幡秋田神社焼失す
...[二〇世紀ひみつ基地]
回答がナイス!
でも最初にどの「信長の野望」シリーズのどの作品か確認するのが先。
質問者の意図が見えない不親切な質問だったので再度質問。で、
>幕府を開いてみたいと思うのですが、とりあえず何から始めればよいのでしょうか?
穏便じゃない方法しか思いつかない・・・
[再掲]
>職業として成り立つ「忍者になる方法」を教えてください。
正式タイトルは『NOBUNAGA もう一つの顔〜ポルトガルで発見した信長・NIPPONの真実〜』
テレビ大阪にて2月19日(後7・00)放送。
[参考Link]
>「NOBUNAGA」テレビ大阪公式サイト
大阪の人しか見れんのかな?
安土桃山時代の和算家で、そろばんの大家だった毛利重能を祭る「算学神社」。
豊臣秀吉の家臣として明に留学後、そろばんを使った割り算を考案。
京都で開いた道場では江戸時代の数学者、吉田光由らを育てたといわれる。
>毛利重能は『太閤立志伝5』にて登場しています。
特技データ掲載してないから凄さが伝わらないけど
■旧大村藩の宗教史を探る−−講演会 ...[MSN-Mainichi INTERACTIVE]
■朝倉氏の家臣が起こした謀反をテーマに公開講座 ...[日刊県民福井]
■歴史上人物が愛用した「香り」を綿密に考察・再現 ...[中日新聞]
■日本人が建てた倭寇の墓壊す=「中国人蔑視」と反発−安徽省 ...[Yahoo!]
王直(????-1559)
明(現在の中華人民共和国)安徽省歙県の出身で、元々は塩商人。
商売に失敗して貿易商人となる。
明国による勘合船以外の密貿易への弾圧を逃れ日本へ渡る。
五島・平戸へ渡り、当時の領主
松浦隆信と結び中国との密貿易を行った。
当時の平戸は中国船が盛んに出入りし、唐・南蛮の珍物が集まっており、
京・堺をはじめ諸国の商人が訪れる一大貿易都市であった。
その中でも王直は部下2000余りを擁し湊には300余りの人を乗せる大船を浮かべ、
王者さながらの生活を送ったため「徽王」と呼ばれたという。
1543年、種子島へ漂着し鉄砲を伝えたポルトガル船に同乗し、
通訳を務めたといわれるが、
ポルトガル船の種子島入り「漂着」でなく王直による「斡旋」だったのかも知れない。
1553年には自ら大船団を率いて中国沿岸を襲撃し、多大な損害を与えるほどの勢力であったが、
1559年、「明に帰順すれば海禁政策を止める」と欺き、帰国したところを逮捕して処刑された。
[参考Link]
>平戸市内に建造された王直像
...[九州大学デジタル・アーカイブ]
『信長の野望シリーズ』でも登場実績があるものの、
『嵐世記』では諸勢力「水軍」の要人として、その他大勢扱い。
『蒼天録』ではパワーアップキットのミッションチャレンジモードでの賞品といったおまけのようなものであった。
他には『信長の野望 将星録 武将ファイル』の巻末にて「海賊日本」というコラムの中で取り上げられている。
中古の方がより安く手に入ると思いますが、綺麗な状態の方がイイって方はどうぞ。
天神〜中州あたりでお勧めの店ってご存じないですかね?
平日であれば大学へ行って懐かしの学食を満喫したことであろうに。
六本松学部トリトンの「大盛ミート」とか「ルナスパゲッティ」が非常に恋しい。
隈本城主の城親賢
公が病床の息子を慰めようと、玩具を並べたことに由来。
[参考Link]>くまもと春の植木市の歴史
[おまけ]>『信長の野望 嵐世記』の城一族
[参考Link]>木舟城の歴史 ...[富山県福岡町商工会]
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