『信長の野望 嵐世記』武将総覧

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武将姓 武将名 出身・出自登場年 (誕生年-死亡年)
特技政治采配智謀 野望義理相性 列伝
むなかた まさうじ 通常版 筑前 1527 (1512-1551)大内家臣。宗像神社大宮司を務めた。尼子家との戦いや安芸大野城攻撃などで活躍し、主君・義隆から周防黒川郷を与えられる。以後は黒川隆尚と名を改めた。
宗像 正氏 旧仏教
[商業] [引抜]  314627 6665 59
むなかた うじさだ 通常版 筑前 1551 (1537-1586)大内家臣。宗像神社大宮司。正氏の子。父の猶子・氏男の死後、陶晴賢の支持を得て家督争いを制した。宗像家最大の版図を築くが、嗣子が無いまま急死した。
宗像 氏貞 旧仏教鉄砲
[登用]  374443 2565 64
さがら たけとう 通常版 筑前 1513 (1498-1551)大内家臣。有職故実に通じ、主君・義隆の信頼を受けた。のち陶晴賢と対立し出奔するが、杉興運により抑留される。晴賢の謀叛の際、筑前花尾城で殺された。
相良 武任 武将
[引抜] [逃亡]  621077 7850 59
すぎ おきかず 通常版 筑前 1521 (1506-1551)大内家臣。筑前守護代を務めた。肥前田手畷合戦では総大将を務め、少弐家臣・龍造寺家兼の軍と戦うが、敗れた。陶晴賢の謀叛の際に主君・義隆に殉じた。
 興運 武将荷駄
[改修] [収拾]  554853 5755 59
あきづき ふみたね 通常版 筑前 1527 (1512-1557)筑前の豪族。古処山城主。大友家に属すが待遇に不満を持ち、毛利元就と結んで反旗を翻す。大友軍2万の軍勢に対して善戦するが、衆寡敵せず敗れ自害した。
秋月 文種 武将騎馬
[開墾]  396418 7670 34
あきづき たねざね 通常版 筑前 1557 (1548-1596)筑前の豪族。古処山城主。文種の長男。毛利家の援助を受け、居城を大友家から奪回した。豊臣秀吉の九州征伐軍に敗れ「楢柴茶入」を献上して改易を免れた。
秋月 種実 武将
[茶湯] [守戦]  564950 5365 34
あきづき たねなが 通常版 筑前 1582 (1567-1614)筑前の豪族。古処山城主。種実の長男。豊臣秀吉の九州征伐軍に降り、日向高鍋3万石に転封される。関ヶ原合戦では東軍に寝返り、戦後、所領を安堵された。
秋月 種長 武将
[回復]  482944 5170 32
あきづき もとたね 通常版 筑前 1586 (1571-1614)筑前の豪族。秋月種実の次男。豊臣秀吉に降り、日向延岡5万石を領す。関ヶ原合戦では東軍に寝返り、所領安堵。のち謀叛人の縁者を匿った罪で改易された。
秋月九郎元種 武将鉄砲
[引抜]  443840 5460 32
つくし これかど 通常版 筑前 1546 (1531-1567)肥前の豪族。五箇山城主。少弐家に属し大内家臣・陶興房に攻められ敗れる。大内家滅亡後は秋月文種とともに毛利元就に属すが、大友軍に攻められ自害した。
筑紫 惟門 国人衆騎馬
[槍衾]  244123 2655 45
つくし ひろかど 通常版 筑前 1567 (1556-1623)肥前の豪族。五箇山城主。惟門の子。毛利・大友・龍造寺・島津家の間で離合集散を繰り返し、のちに豊臣秀吉に降る。関ヶ原合戦で西軍に属して改易された。
筑紫 広門 国人衆
[引抜] [外交] [逃亡]  543571 6130 45
はらだ のぶたね 通常版 筑前 1575 (1560-1598)筑前の豪族。高祖城主。草野鎮永の子。原田親種の死後、その養子となる。豊臣秀吉の九州征伐軍に降り、所領を安堵された。朝鮮派兵に従軍し、戦死した。
原田五郎右衛門信種 国人衆
[三段]  253229 6060 87
いしもと りょううん 諸勢力 筑前 1591 (1576-1641)博多の商人。石本家は実際は平戸の商人で、了雲・了円と代を伝えた。了円ははじめ平戸から長崎へ移住したが、のちに平戸町乙名に任ぜられ、平戸に戻った。
石本 了雲 都市
[商業] [茶湯]  414152 4285 33
いまいし しょうあん 諸勢力 筑前 1597 (1582-1649)博多の商人。1567年頃、堺を訪れて茶会を催したという記録が「天王寺屋会記」に残る。博多は大宰府の外港として古くより発展してきた港である。
今石 紹安 都市
[商業] [茶湯]  433942 5055 44
かみや じゅてい 諸勢力 筑前 1568 (1553-1635)博多の商人。神屋家は博多の豪商で、寿禎・宗湛などが代を伝えた。紹貞は石見銀山を開き、灰吹法を用いて銀を精錬。宗湛は豊臣秀吉の特権商人として活躍。
神屋 寿禎 都市
[商業] [茶湯]  565846 4270 25
しまい しげひさ 諸勢力 筑前 1554 (1539-1615)博多の商人。島井家は博多の豪商で、茂久・宗室と代を伝えた。豊臣秀吉の特権商人となり、神屋宗湛とともに戦乱で荒らされた博多の復興に尽力した。
島井 茂久 都市
[商業] [茶湯]  405251 5750 56
すえつぐ こうぜん 諸勢力 筑前 1595 (1580-1655)博多の商人。1571年に長崎に移住し私財を投じて町を開き、商人らを移住させて町の支配を任せた。配下・村山東安の助けを得て貿易で巨利を得たという。
末次 興善 都市騎馬
[商業] [茶湯]  644754 4795 38
はかたや そうじゅ 諸勢力 筑前 1585 (1570-1659)博多の商人。宗寿は実際は和泉堺の商人で、博多出身という。茶の湯を嗜み、津田宗達や千利休を招いて茶会を催したことが「天王寺屋会記」に記されている。
博多屋 宗寿 都市
[商業] [茶湯]  536050 5975 5
はらだ きえもん 諸勢力 筑前 1536 (1521-1619)博多の商人。喜右衛門は実際は長崎の海外貿易商で、豊臣秀吉がふぃりぴん諸島の長官たちに入貢を促した際、使者としてふぃりぴんのまにらへ赴いた。
原田 喜右衛門 都市
[商業] [茶湯]  534960 5545 93
たけわか つねふさ 諸勢力 筑前 1585 (1570-1646)博多の商人。竹若家は常房・重利と代を伝えた織物師。重利は豊臣秀吉の朝鮮派兵の際、秀吉に謁見し「天下泰平」の文言を刻んだ刀の下げ緒を進呈した。
竹若 常房 都市騎馬
[商業] [茶湯]  675650 5455 30
いたみや せいべえ 諸勢力 筑前 1542 (1527-1620)博多の商人。清兵衛は実際は朝鮮釜山に住んでいた御用商人で、豊臣秀吉の朝鮮派兵の際、豊永別四郎らとともに、豊臣軍の軍需物資の調達に奔走した。
伊丹屋 清兵衛 都市
[商業] [茶湯]  565850 4075 3

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