『信長の野望 嵐世記』武将総覧

火間虫入道 > 『信長の野望の変遷』

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武将姓 武将名 出身・出自登場年 (誕生年-死亡年)
特技政治采配智謀 野望義理相性 列伝
はやし そうじゅうろう 諸勢力 備前備中 1570 (1555-1643)福岡の商人。福岡は吉井川沿いにあった中世以来の市場町。近くには備前守護所があり、刀鍛冶が多く住んだ。黒田官兵衛の祖父・重隆が一時期住んでいた。
 宗十郎 都市荷駄
[商業] [茶湯]  434954 56100 69
やまかわ でんえもん 諸勢力 備前備中 1577 (1562-1635)福岡の商人。福岡は吉井川沿いにあった中世以来の市場町。近くには備前守護所があり、刀鍛冶が多く住んだ。黒田官兵衛の祖父・重隆が一時期住んでいた。
山川 伝右衛門 都市騎馬
[商業] [茶湯]  453945 5165 18
ひろと よえもん 諸勢力 備前備中 1548 (1533-1624)福岡の商人。福岡は吉井川沿いにあった中世以来の市場町。近くには備前守護所があり、刀鍛冶が多く住んだ。黒田官兵衛の祖父・重隆が一時期住んでいた。
広戸 与右衛門 都市
[商業] [茶湯]  535753 4345 93
たかぎ ぜんざぶろう 諸勢力 土佐 1592 (1577-1663)須崎の商人。喜三郎は実際は淡路の船問屋という。豊臣秀吉の朝鮮派兵の際、水軍に手配するために、百艘の船を対馬豊崎に回漕するよう、秀吉に命じられた。
高来 善三郎 都市
[商業] [茶湯]  565263 4855 60
あくざわ ひこじろう 諸勢力 土佐 1591 (1576-1652)須崎の商人。須崎は須崎港を擁する港町として発展した。はじめは「洲崎」といった。須崎港は天然の良港として漁港および避難港として利用されていた。
阿久沢 彦二郎 都市荷駄
[商業] [茶湯]  414846 4580 21
かつた はちえもん 諸勢力 土佐 1583 (1568-1645)須崎の商人。須崎は須崎港を擁する港町として発展した。はじめは「洲崎」といった。須崎港は天然の良港として漁港および避難港として利用されていた。
勝田 八右衛門 都市
[商業] [茶湯]  494842 5965 11
こひなた やさぶろう 諸勢力 土佐 1593 (1578-1651)須崎の商人。須崎は須崎港を擁する港町として発展した。はじめは「洲崎」といった。須崎港は天然の良港として漁港および避難港として利用されていた。
小日向 弥三郎 都市騎馬
[商業] [茶湯]  474137 4140 83
さかぐち きじゅうろう 諸勢力 土佐 1551 (1536-1615)須崎の商人。須崎は須崎港を擁する港町として発展した。はじめは「洲崎」といった。須崎港は天然の良港として漁港および避難港として利用されていた。
坂口 喜十郎 都市
[商業] [茶湯]  486058 4535 58
たなか じんごろう 諸勢力 土佐 1553 (1538-1618)須崎の商人。須崎は須崎港を擁する港町として発展した。はじめは「洲崎」といった。須崎港は天然の良港として漁港および避難港として利用されていた。
田中 甚五郎 都市騎馬
[商業] [茶湯]  545552 4855 91
なかむら うましろう 諸勢力 土佐 1611 (1596-1638)須崎の商人。須崎は須崎港を擁する港町として発展した。はじめは「洲崎」といった。須崎港は天然の良港として漁港および避難港として利用されていた。
中村 午四郎 都市騎馬
[商業] [茶湯]  465455 4155 46
にすぎ ごろうさぶろう 諸勢力 土佐 1604 (1589-1653)須崎の商人。須崎は須崎港を擁する港町として発展した。はじめは「洲崎」といった。須崎港は天然の良港として漁港および避難港として利用されていた。
仁杉 五郎三郎 都市
[商業] [茶湯]  535047 4940 76
みやがわ やくろう 諸勢力 土佐 1580 (1565-1638)須崎の商人。須崎は須崎港を擁する港町として発展した。はじめは「洲崎」といった。須崎港は天然の良港として漁港および避難港として利用されていた。
宮川 弥九郎 都市荷駄
[商業] [茶湯]  424738 4065 67
よしわら しんべえ 諸勢力 土佐 1543 (1528-1620)須崎の商人。須崎は須崎港を擁する港町として発展した。はじめは「洲崎」といった。須崎港は天然の良港として漁港および避難港として利用されていた。
吉原 新兵衛 都市騎馬
[商業] [茶湯]  605151 6040 22
いしもと りょううん 諸勢力 筑前 1591 (1576-1641)博多の商人。石本家は実際は平戸の商人で、了雲・了円と代を伝えた。了円ははじめ平戸から長崎へ移住したが、のちに平戸町乙名に任ぜられ、平戸に戻った。
石本 了雲 都市
[商業] [茶湯]  414152 4285 33
いまいし しょうあん 諸勢力 筑前 1597 (1582-1649)博多の商人。1567年頃、堺を訪れて茶会を催したという記録が「天王寺屋会記」に残る。博多は大宰府の外港として古くより発展してきた港である。
今石 紹安 都市
[商業] [茶湯]  433942 5055 44
かみや じゅてい 諸勢力 筑前 1568 (1553-1635)博多の商人。神屋家は博多の豪商で、寿禎・宗湛などが代を伝えた。紹貞は石見銀山を開き、灰吹法を用いて銀を精錬。宗湛は豊臣秀吉の特権商人として活躍。
神屋 寿禎 都市
[商業] [茶湯]  565846 4270 25
しまい しげひさ 諸勢力 筑前 1554 (1539-1615)博多の商人。島井家は博多の豪商で、茂久・宗室と代を伝えた。豊臣秀吉の特権商人となり、神屋宗湛とともに戦乱で荒らされた博多の復興に尽力した。
島井 茂久 都市
[商業] [茶湯]  405251 5750 56
すえつぐ こうぜん 諸勢力 筑前 1595 (1580-1655)博多の商人。1571年に長崎に移住し私財を投じて町を開き、商人らを移住させて町の支配を任せた。配下・村山東安の助けを得て貿易で巨利を得たという。
末次 興善 都市騎馬
[商業] [茶湯]  644754 4795 38
はかたや そうじゅ 諸勢力 筑前 1585 (1570-1659)博多の商人。宗寿は実際は和泉堺の商人で、博多出身という。茶の湯を嗜み、津田宗達や千利休を招いて茶会を催したことが「天王寺屋会記」に記されている。
博多屋 宗寿 都市
[商業] [茶湯]  536050 5975 5
はらだ きえもん 諸勢力 筑前 1536 (1521-1619)博多の商人。喜右衛門は実際は長崎の海外貿易商で、豊臣秀吉がふぃりぴん諸島の長官たちに入貢を促した際、使者としてふぃりぴんのまにらへ赴いた。
原田 喜右衛門 都市
[商業] [茶湯]  534960 5545 93

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